平安女子 お后様は16歳

お后さまは16歳 私は27歳

今日は超訳から離れて、関係者の年齢について書いてみます。

清少納言が出仕したときの年齢は推定27歳。
結婚経験、出産経験があったと考えられています。

彼女がお仕えしたお后様 定子はその時16歳。
大貴族の娘は、産まれた瞬間から進む道が決められていました。
(あまりにおバカ(歌を詠めない等)だったり、
とても人前には出せないと判断された場合は、
差別的ですが寺へやられて尼に…だったそうです)

現代では16歳はまだまだ子供ですが、宮廷に入り帝の子を成し、
一族の地位向上に貢献するという立場では、
気配りや立ち居振る舞いは既に大人だったでしょう。

定子は13歳で 夫一条帝のもとに入内。
定子は一条の3歳年上。
10歳と13歳の可愛らしい一対です。
モノの本によると、夫婦は仲睦まじかったとのこと。
ちょっと安心。

夫である一条にしても、周囲が色々な策略し、先帝を出家させ、
わずか6歳で帝に即位した方。小さいながらも苦労人です。
同じような立場のふたりは、気持ちも通ったのでしょう。

そんなこんなで、27歳の清少納言に求められていたのは、
言い古されていることですが、宮中における定子の立ち位置の更なる向上。
優雅で、気が利いて、いつも楽しい雰囲気を作ること。
それでいて、軽々しく思われてはいけない。
年の離れた妹を、姉君たちで盛たてているって感じだったと想像しています。

後に、定子には、不遇な運命が待ち受けているのですが、
不遇な時にも、定子の周辺は努めて、運命を明るく享受しようとしています。
枕草子にも、泣き事や、恨みつらみは書かれていません。
その辺も、私がこの作品を評価するポイントであります。

定子の父 藤原道隆が病没すると、
その後藤原氏の長者となった藤原道長の娘 彰子が入内。
「一帝二后」になります。
往時の関係者の年齢は帝19歳、定子22~23歳、彰子11歳。

一帝ニ后の時代は、長くは続きませんでした。
定子はその2年後、25歳で病没します。
彰子が入内しても定子への帝の愛情は変わらなかったといいます。

清少納言は定子の亡くなる1年ほど前に、勤めを退き、
その後の歴史は伝説の中に消えていきます。
一説によると、定子の残した遺児に仕えたとも、
宮中の女房仲間とは消息文を交わしていて、
その中で枕草子が世に出た。とも、言われています。

紫式部が、日記の中で、清少納言を
「しったかぶりで、舶来かぶれ(漢文の知識がある)。
知識をひけらかすイヤな女。あんな女の末は思いやられる。
いいことはないに違いない。」と辛らつに書いているので、
紫さん(彰子の女房)と清さん(定子の女房)という関係もあり、
さぞかし、宮中での女の争い!と想像をたくましくする方もありますが、
実際は、そんな事はなく、紫式部の出仕は、定子没後で、
清少納言と宮中でダブっている時間はありません。

定子亡き後、彰子の周囲に文化的な華やかさを添えるため、
道長が画策したことと推測できます。

紫さんの悪口はたぶん、
自分より前に評判になっていた作品へのけん制かもしれず、
一説によると、枕草子の宮廷スケッチの一部で、
紫式部の身内の男性貴族がオモシロおかしく書かれていることへの仕返しかも。
と、言われております。
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by divaof10gum | 2012-01-27 16:06 | お洒落系


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